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和歌山地方裁判所 昭和48年(わ)149号 決定 1973年5月08日

被告人 吉川勉

主文

本件勾留を取り消す。

理由

一、職権をもつて検討するに、一件記録によれば、被告人は、昭和四八年四月六日午前一時過ぎごろ、和歌山市北ノ新地一丁目一番地所在のホテル「純」において、内妻である斎藤加代子こと徳重文江(当二五年)が同室する部屋で、かねてから知合いの森下須賀子(当三五年)に対し暴行・脅迫を加えて、同女を強いて姦淫したと認められるところ、同月七日右強姦被疑事実により逮捕され、次いで同月九日顔面等打撲による強姦致傷被疑事実により勾留された後、同月二八日強姦致傷被告事件として公訴が提起されたため、引き続き身柄を拘束されていること、本件勾留状記載の被疑事実と起訴状記載の公訴事実を比較対照すると、被害者を前者は「森下須賀子三五才」と後者は「斎藤加代子当三五年」とするほかは、両事実の記載はほぼ同一であることがそれぞれ認められる。

右事実によれば、森下須賀子の偽名、通称等が「斎藤加代子」であると認むべき証拠は何もないから、本件勾留状を起訴状に各記載された被害者は、年令の記載が同一である点を考慮しても、実在する全然別異の人物を表示したものと認めるほかはない。

起訴前に勾留された事件につき所定の期間内に公訴が提起された場合には、その勾留が継続するが(刑事訴訟法六〇条二項)、その場合は勾留事実と公訴事実との間に事実の同一性が認められなければならない。そこで、本件勾留事実と公訴事実との間に同一性が認められるか否かについて検討するに、前記のとおり本件勾留事実と公訴事実の被害者は実在する全然別異の人物を表示したものといわざるを得ないから、両者間の事実には同一性がないものというべきである。

なお一件記録によれば、検察官は和歌山地方裁判所に対し、同年五月四日付で起訴状記載の公訴事実の被害者を「森下須賀子(当三五年)」に訂正する旨の申立書を提出していることが認められるが、起訴状の訂正は、起訴状を無効とするまでのことはないが訴因が十分に明確でない場合、あるいは起訴状の単なる誤記およびそれに類するような軽微な瑕疵がある場合等に限つて許されるものと解すべきであるところ、本件においては、公訴事実は明確に特定されているとみるほかはなく、仮に被害者を他の実在の人物と誤記したとしても、これはおよそ軽微な瑕疵と解することはできないから、右にいう単なる誤記その他それに類するような軽微な瑕疵のある場合にも該当しないし、又右申立書が訴因変更の申立の趣旨を含んでいるものとしても、前記のごとく、勾留事実と公訴事実間に同一性がないから、訴因変更もまた許されないことはあきらかである。

以上のとおり本件勾留事実と公訴事実との間には事実の同一性が認められず、しかも、起訴状の訂正も許されないから、昭和四八年四月九日になされた本件勾留状の効力は勾留延長期間の最終日である同月二八日をもつて、消滅し、以後の被告人に対する身柄の拘束は違法なものというべきである。

二、よつて本件勾留は理由がないから刑事訴訟法二八〇条一項、八七条一項、九二条二項但書を適用して、職権をもつて、これを取り消すこととし、主文のとおり決定する。

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